道頓堀イカスミ地獄2

不意打ちだった。ゲソノバの吐く大量のイカスミをまともに浴びてしまい、僕は目を開ける事ができなくなった。
「うぅ…目、目が…」
見えないばかりか、猛烈な痛みもある。そして、言うまでもなくこの臭い。顔面直撃は…ダメージが大きかった。
遠巻きにしていたお客や野次馬達が、
「うわっ、汚れるっ!!」
「こっちにもかけられるかも知れへんでっ!!」
と言いながら、ササーっと引いていくのを感じた。
「ゲーッゲッゲ、どうだ、まいったかー!」
ゲソノバの芝居じみたセリフにも、突っ込む余裕がない。
とにかくこのイカスミをどうにかしないことには。拭っても拭っても視界は全く晴れなかった。洗い流すのが一番なんだけど。水、水…

どうも無意識に歩いていたらしい。僕としては本来、巨大イカのそばを離れるわけにはいかなかったのだが。
「よぉ、ヒーローの兄さん、どうしたんだい?」
声の方を向く。
「わっ! 何や、そのきったないのは!」
「イカスミでやられて…あの、お水ありませんか?」
「あれ、目ぇ見えてへんのか? よっしゃ、任しとき! はよこっち来ぃや!」
声の主に手を引かれて、どこかへ連れて行かれる。
「兄さん、ちょっとここで立って待っててや」
頭から水をかけられることを覚悟しながら立っていると、
ブシューっ! ジャカジャカジャカーーーっ!!!
半端でない水圧が、いろんな方向から僕を襲う。加えて、何かにバシバシベチャベチャと、全身をこするようにはたかれた。
「うわぁぁ!!」
僕がパニックになっていると、不意に攻撃が止んだ。恐る恐る目を開けると…見えた!
「あ…見える!!」
辺りを見わたすと、自分がとんでもないところに立っている事が分かった…ガソリンスタンドのオート洗車場だったのだ。
「そら当たり前やがな、兄さん。ウチの洗車はその辺のショボイんとはちゃうんや。まず、水がちゃう! わざわざ六甲から水を毎日運ばせてるんや。おいしい水は、人間にだけやなく、クルマにもおいしいんや!それから水圧やな…」
長い説明になりそうだったので、僕は丁重にお礼を述べて、イカの元へと戻った。
「兄さん、また待ってるでー!」
ガソリンスタンドの気のいいおじさんは、最後に不吉なセリフを吐いた。

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